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大阪高等裁判所 昭和36年(ネ)572号 判決

判   決

大分県中津市

控訴人

中津市

右代表者市長

深尾新吉

右訴訟代理人弁護士

村本一男

渡辺宗太郎

大阪市浪速区幸町通一丁目五九番地

被控訴人

宇野三宝株式会社

右代表者代表取締役

宇野昌一

右訴訟代理人弁護士

嶋原三治

右当事者間の昭和三六年(ネ)第五七二号売掛代金請求控訴事件について当裁判所は次のとおり判決する。

主文

原判決のとおり変更する。

控訴人は被控訴人に対し金二、二七七、五〇〇円及びこれに対する昭和三四年二月一日以降支払済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

被控訴人のその余の請求を棄却する。

訴訟費用は、第一、二審を通じ、これを三分し、その一を控訴人の負担とし、その金を被告訴人の負担とする。

この判決は被控訴人において金七〇万円の担保を供するときは、被控訴人勝訴部分に限り、仮に執行することができる。

事実

控訴代理人は、「原判決中控訴人敗訴部分を取消す。被控訴人の右請求を棄却する。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決を求め、被控訴代理人は「本件控訴を棄却する。控訴費用は控訴人の負担とする。」との判決を求めた。

当事者双方の主張、証拠の提出、援用、認否は、次のとおり附加訂正する外、原判決事実摘示と同一であるから、ここにこれを引用する。

被控訴代理人は、

一、市長は地方自治法並びに条例の定めるところにより市を代表して諸種の法律行為は固より事実行為をなす職務権限を有するものであるから、昭和三三年一二月七日頃第一回契約の締結に当つて中津市役所へ調査に赴いた被控訴人前主社員梶山方義が第一回契約の目的たる原判決添付第一目録記載の鋼材(以下本件鋼材という)の注文の真偽につき確認を求めたのに対し、控訴人市の市長市川文雄のなした回答は当然市長の職務行為である。ところが市川は右回答を行うに当り、部下の福吉勇を庇護する目的を以て、控訴人市が本件鋼材を被控訴人前主に注文した事実がないにもかかわらす、恰も控訴人市において注文したかの如く装つて虚偽の回答をなして、右梶山を欺罔し、梶山をして真実控訴人市が本件鋼材を購入するものと誤信せしめ、因て被控人前主をして本件損害を蒙らしめるに至つたのであるから、控訴人市は市長市川が右職務の執行につき被控訴人前主に加えた損害を賠償する義務がある。

二、仮に市川の右行為がその職務行為に当らないとしても、民法第四四条にいう「職務の執行につき」とは、執行機関が基本的に当該職務につき代表権限もしくは執行権限を有しない場合でも、外部からこれを客観的に観察してその行為につき職務権限を有し、その権限に基く職務行為と認められる限り、執行機関がその職務を行うにつきなしたものと認めるべきところ、本件において市長市川の行為を外形的にまた客観的にその職務行為と認めるべきか否かについては、単に市川が前記梶山に市長室の地図を示して本件鋼材を控訴人市の干拓事業に使用する旨申し向けた事実のみを捉えるべきではなく、更に次のような事実をも重視しなければならない。即ち中津市役所へ調査に赴いた梶山は先ず用度係長広津勇の席へ行き、同人に前記注文の真偽につき確めたところ、広津は梶山の示した注文書(甲第一号証)を見て控訴人市の発行したものに相違ない旨述べ、梶山を福吉勇の席へ案内し、梶山は福吉に面会したところ、福吉は市長室へ案内して、梶山を市長市川に紹介した。そこで梶山は市川に右注文書の真偽を確めたところ、市川は梶山に対して前記のような事実を述べて、控訴人市が真実本件鋼材を注文したものであることを確認した。以上一連の外観的事実を客観的に観察するときは市川の行為を控訴人市の市長の職務行為とみるべきは当然である。けだし白書堂々と現職の市長が市長室で市の吏員立会の上詐欺的行為を行うのが如きは何人も予想し得ないところであり、また右干拓事業が県の工事で控訴人市の工事でなく、従つて市長市川が右干拓事業につき何等の職務権限を有しないとは通常人の窺知し得るところでないからである。

三、仮に右の主張が認められないとしても、市川は控訴人市の市長として控訴人市の吏員の任免監督の職務権限を有していたところ(地方自自治法第一七二条第一五四条)、控訴人市の吏員福吉勇がつとに吏員としての職務に背反して不正の行為をなしていることを熟知しながら、敢てこれを解任せず、却つてこれを重用した外、同人と共謀して被控訴人前主の社員梶山を欺罔し、かつ控訴人市の吏員上野勝正、広津勇、坪根挙一等が正当な職務の執行をしていないことを知りながら、同人等を解任せず、更に、監督者としての地位を忘却して、控訴人市の収人役角野精吾、吏員柴谷久等をして、福吉勇及び自己の不正行為に共同加功せしめるような行為を敢てし、以て被控訴人前主をして本件損害を蒙らしめるに至つたものである。従つて本件損害は市長市川の吏員の任免及び監督の職務執行につき被控訴人前主に加えた損害というべきであるから、控訴人市はその損害を賠償する義務がある。

四、なお控訴人市の吏員福吉勇、同広津勇、同坪根挙一、同上野勝正、同角野精吾、同柴谷久は後段五、に述べる如く、市長市川の職務の執行につきなした前記二、の不法行為に共同加功し、その結果被控訴人前主に本件損害を蒙らしめたものであるが、右のように控訴人市の吏員等が代表機関たる市長の職務執行行為に共同加功して第三者たる被控訴人前主に損害を加えた場合にも控訴人市は民法第四四条に基きその損害の賠償の責を負うべきものと解すべきであるから、この点からしても控訴人市は被控訴人前主に対して本件損害を賠償すべき義務がある。

五、仮に以上の主張が認められないとしても、

(一)  訴外福吉勇は、被控訴人前主が本件鋼材の注文を受け、かつその引渡をした当時、控訴人市の本件鋼材購入に関する事務を担任していたものであり、仮に同人が控訴人市の厚生課の吏員として厚生に関する事務を担当していたものであつたとしても、市長市川から特に本件鋼材に関する事務の取扱を一任されていたものであるところ、

(1)  前記梶山から第一回契約の注文書(甲第一号証)が控訴人市の発行したものであるか否かにつき確認を求められた際、梶山を市長市川に紹介し、市川と共謀して恰も控訴人市が本件鋼材を真実購入するものの如く申し向けて、右梶山を欺罔し、

(2)  被控訴人前主が控訴人市宛発送した本件鋼材のうちの丸棒及び山形鋼を、昭和三三年一二日宇の島港において控訴人市の吏員として、控訴人市が右鋼材の引渡を受けるものの如く装つて、引渡を受け、ついで中津市役所の市長室において梶山に対し中津市長名義の受領証(甲第六号証の一ないし六)を交付し、右引渡を受けた鋼材を不正に処分し、

(二)  訴外上野勝正は控訴人市の庶務課長として控訴人市の庶務全般を統括する職責を有し、控訴人市宛の郵便物の受領並びに受領郵便物の処理の事務を管掌していたものであるところ、

(1)  本件鋼材の購入は中津市条例所定の手続を経なければこれをなし得ず、その制規の手続がなされていないことを知悉しながら、前記梶山から前記注文書の真偽について訊された際、これを否認して、梶山をして本件鋼材が控訴人市の注文にかゝるものでないことを知らしめるべきであるにかかわらず、かかる措置を執らず、殊更にこれを秘匿して、梶山をして本件鋼材を真実控訴人市が購入するものの如く誤信せしめ、

(2)  本件鋼材のうち亜鉛引鉄板五、〇〇〇枚の貨物受領証が控訴人市に配達され、これを受領した際にも、控訴人市の注文していない鉄板の貨物受領証であることを知悉していたのであるから、これを差出人たる被控訴人前主に返戻する処置をとるべきであるにかかわらず、かかる処置をとらなかつたため、被控訴人前主をして右亜鉛引鉄板が正当に控訴人市に引渡されたものと誤信せしめ、為に爾後被控訴人前主をして本件鋼材につき損害防止の手段をとることを得ざらしめたばかりでなく、前記貨物受領証を控訴人市と何等関係のない訴外平野英雄の手中に帰せしめ、

(三)  訴外広津勇は控訴人市の購買係長として、また訴外坪根挙一はその購買係員としていずれも控訴人市の物資購入に関する事務を担当していたものであるところ、

(1)  広津は前記のとおり梶山から前記の注文書を示され、控訴人市が真実本件鋼材鋼入の注文をしたものであるか否かについて確認を求められた際、中津市条例により本件鋼材の購入については市議会の議決を要すること、及びその購入につき市議会の議決を経ていないことを知悉していたのであるから、その職責上当然注文の事実を否定して、被控訴人が損害を蒙ることを未然に防止すべき義務があるにかかわらず、梶山に該事実を告知しないばかりか、本件鋼材に関する事務は福吉勇の担当であることを告げ、梶山を福吉の執務場所に案内して、梶山をして福吉と本件鋼材の取引に関する折衝をなさしめ、その結果梶山をして控訴人市が真実本件鋼材購入の注文をしたものと誤信せしめ、

(2)  広津及び坪根は控訴人市宛郵送された控訴人市の注文していない本件鋼材中の亜鉛引鉄板の貨物受領証を控訴人市の庶務課から廻送され、これを受領しながら、直ちにこれを発信人に返送する処置をとらなかつたばかりでなく、右貨物受領証を前記平野の手中に帰せしめる結果を招来させ、

(四)  訴外柴谷久は控訴人市の秘書課長として控訴人市の秘書課に属する事務を担当しており、訴外角野精吾は控訴人市の収入役として控訴人市の現金又は物品の出納その他の会計事務を担当していたものであるところ、何れも本件鋼材が控訴人市の注文品でない事実を知りながら、その任務に背き、該事実を被控訴人前主に告知せず、被控訴人前主をして控訴人市が真実本件鋼材を購入するものと誤信せしめ、

以上の控訴人市の右吏員等がその職務の執行につきなした不法行為(作為又は不作為)により被控訴人前主は本件鋼材を真実控訴人市が購入するものと誤信して、控訴人市宛に本件鋼材を送付し、その売買価格(時価)相当の損害を豪つたのであるから、控訴人市は使用者としてその損害を賠償する義務がある。

と述べ、控訴人の後記主張を否認し、なお被控訴人前主は本件損害の発生につき何等の過失はない。即ち

(一)  被控訴人前主は控訴人市から第一回契約の注文書の送付を受けるや、訴外工藤清にその注文の真偽につき調査を依頼したが、何等の回答がなかつたから、特に社員梶山を中津市役所に派遣し前述のとおり注文の真偽を確め、その真実であることの確認を得

(二)  右注文品中亜鉛引鉄板を除いた丸棒及び山形鋼が宇の島港到着の時期を見計つてわざわざ梶山を宇の島港に派遣して、その到着の事実を確認せしめ、しかも梶山は中津市役所の市長室において右物件の受領書(甲第六号証の一ないし六)を控訴人市の吏員福吉勇から受領して控訴人市に現実に引渡されたことを確認し、一方亜鉛引鉄板については木下商店大阪支店発行日本鋼業株式会社宛の貨物受領証を書留郵便を以て控訴人市の用度課宛送付し、控訴訴人市においても中津郵便局より右貨物受領証を受領したことにより、その引渡を了した。

以上のとおり被控訴人前主は本件鋼材の取引につき当然なすべき注意義務を尽しているので被控訴人前主には何等の過失はない。と述べ、

控訴代理人は、

一、(一) 被控訴人が原審において予備的に追加変更した市長市川の不法行為を原因とする民法第四四条に基く損害賠償の請求は、被控訴人の主張自体からみても、その管轄裁判所は不法行為地であり、かつ控訴人の普通裁判籍の存する中津市を管轄する大分地方裁判所であることが明らかである。しかしてかかる管轄違の予備的請求の追加的訴の変更もまた民事訴訟法第二三二条第一項にいう請求の基礎に変更のある場合に該当するものと解すべきである。

(二) 仮に被控訴人の右予備的請求の追加的訴の変更が請求の基礎に変更なきものであるとしても、原審裁判所のように右請求につき控訴人に攻撃防禦方法を尽さしめない場合は格別、控訴人に通常の訴訟準備期間を許すときは、右請求の追加的訴の変更は著しく訴訟手続を遅滞せしめることが明らかであるから、同法第二三二条第一項但書により許さるべきでない。

二、(一) 被控訴人前主は控訴人市の市長名義を以て本件鋼材の注文を受けたので、その真偽について訴外工藤清に調査を依頼し、工藤から更に依頼を受けた訴外大木泉治は控訴人市の助役や庶務課長上野勝正に問合せたところ、控訴人市としては本件鋼材を注文した事実はなく又これを購入する財源もないことが判明したので、大木はその旨工藤に通知し、被控訴人前主は工藤から同様の報告を受けて右事実を知悉していたのである。しかるに被控訴人前主の社員西田憲正が中津市役所に電話をした際、物品購入に関し何等の権限を有しない控訴人市の衛生課吏員福吉勇が応答し、控訴人市が本件鋼材の注文をしたことに相違ないような態度を示したので、被控訴人前主はこれを確認するため、昭和三三年一二月七日頃社員梶山方義を中津市に派遺し、梶山は前記大木泉治及び庶務課長上野勝正に面会してその真偽を問合せた結果、右鋼材の注文は控訴人市とは何等関係なく、かつ市議会の承認並びに予算措置もないことが判明したのであるから、直ちに取引を中止すべきであるにもかかわらず、かかる措置を執らず、右福吉の紹介で当時の控訴人市の市長市川文雄と面談し、市川が、控訴人市の市長として右鋼材の買入をなす権限を有しないにもかかわらず、部下である福吉を庇護するため、梶山に対し右注文の鋼材は控訴人市の干拓事業に使用するものである旨の説明をしたので、梶山は右取引を熱望するあまり、右大木泉治及び上野庶務課長より聞知した点につき何等訊すことなく、たとえ右鋼材の注文が市会の承認を得ずまた制規の買入でなくとも、控訴人市の干拓事業に使用され、かつ市長が了承している以上、代金は回収できるものと軽信し、その旨被控訴人前主に報告したため被控訴人前主は本件鋼材を発送するに至つたものである。以上の次第であるから右市川の行為は外形的にも控訴人市の市長としての職務行為と解せられないのは固より、本件損害の発生は被控訴人前主の被傭者梶山が前記の如き軽率な判断をした結果惹起せられたものであつて、市川の不法行為に基くものではない。

また本件鋼材中亜鉛引鉄板の引渡方法として、被控訴人前主は木下商店発行の日本鋼業株式会社宛の貨物受領証を中津市役所用度係宛に郵送したところ、訴外平野英雄が右貨物受領証を持参して、日本鋼業株式会社より右鉄板を受領したのであるが、右貨物受領書は証拠書類に過ぎないから、その引渡は物的証券たる貨物引換証の引渡の如く物件の引渡と同一の効力を有するものでないことはいうまでもなく、従つて右鉄板についての損害は右平野にその鉄板が引渡された時に発生したのである。ところが右貨物受領証がいかなる経路で右平野の手中に帰したか不明であるから、右鉄板についての損害はこの点からしても、市川の前記行為による損害とはいいえない。

(二) 仮に市川の前記説明により被控訴人前主が本件鋼材を真実控訴人市において購入するものと信じたとしても、控訴人市において本件鋼材を買入れるためには制規の手続(市議会の議決及び予算措置)を必要とし、市長市川が単独で本件の如き売買契約を締結し又は確認する権限のないことは地方自治法及び中津市条例に照らし明白であるから、市川が部下の不正を庇うため前記売買契約を確認したとしても、かような制規の手続を経ていない市川の行為は控訴人市の代表機関がその地位においてなし得べき行為をその資格においてなしたものといいえないばかりでなく、その行為の外形から見ても控訴人市の代表機関たる市長の職務行為でないから、民法第四四条の職務の執行に当らない。

(三) のみならず、本件における市長市川の欺罔行為は国が大分県に委任して執行せしめる干拓事業に関するものであつて、それの執行については全然控訴人市は関与するところなく、従つて控訴人市の執行機関である中津市長としての職務に何等関係するところがない。そうすると、たとえ市長市川が市長室で干拓事業の図面を背後に市長の椅子に坐つて、専ら部下の不正行為を庇護するため虚偽の事実を述べたとしても、それは控訴人市の市長の職務として適法になし得る範囲の行為及びこれと密接な牽連関係を有する行為ではなく、又右行為の外形より見ても控訴人市の市長の職務行為と認め得るものではないから、右市川の行為につき控訴人市に不法行為責任のないことは明らかである。

(四) また、仮に市長市川に部下職員に対する監督義務違反の行為があつたとしても、それは行政主体たる控訴人市の組織内部に関する行為であつて、市そのものの責に帰すべき、外部に対する控訴人市の代表機関としての市の行為ではない。しかしてかかる組織内部における職務義務違反に対する市長の責任は、市の公務員としての立場において市に対して市川個人が負うべきものであつて、それは決して民法第四四条等の適用により市自身がその責を負わねばならないような対外的な市長の職務行為に該るものではない。

三、控訴人市の吏員福吉勇、同広津勇、同坪根挙一、同上野勝正、同角野精吾、同柴谷久が市長市川の職務執行行為に共同加功したとの被控訴人の主張については、右福吉以外のものが共同加功した事実を否認する。仮に同人等が市長市川と共同して被控訴人前主に損害を加えとしても、同人等は控訴人市を代理する権限を有するものではなく、またその行為は控訴人市の職務の執行につきなされたものでもなく、かつ外形的にも控訴人市の職務の執行につきなされたものとは認め得ないから、控訴人市が同人等の行為につき民法第四四条により責任を負うべき筋合はない。

四、(一) 被控訴人の当審における、前項記載の控訴人市の吏員六名の不法行為を原因とする民法第七一五条に基く損害賠償請求の追加的訴の変更は請求の基礎に変更があるばかりでなく、右訴の変更を許すことに因り著しく訴訟手続を遅滞せしめ、かつ土地管轄の存しない裁判所において裁判が行われることとなるから、右訴の追加的変更は許さるべきではない。即ち控訴人市に商品を売渡したという事実と控訴人福吉勇外五名に民法第七一五条所定の不法行為があつたという事実とは明らかに請求の基礎に変更があり、又控訴人市の市長市川に民法第四四条第一項所定の不法行為があつたという事実と、控訴人市の吏員福吉外五名に民法第七一五条第一項所定の不法行為があつたという事実とも請求の基礎に変更があることは明白である。

(二) 仮に右訴の追加的変更が許されるとしても、右予備的請求原因事実については福吉を除く他の吏員の職務権限のみを認め、その余は否認する。福吉を除く他の吏員五名はいずれも誠実に自己の職務を執行しており、かつその職務の執行と被控訴人前主の蒙つた本件損害との間には何等の因果関係はない。

五、仮に控訴人の以上の主張が理由がなく、控訴人市が損害賠償の責を負うべきものとするも、被控訴人の蒙つた本件損害は特別事情に基く損害であり、当事者において予見し又は予見することのできなかつたものであるから、控訴人市は右損害については賠償責任がない。即ち取込詐欺の場合は当初より代金支払の意思なきにかかわらず、これあるものの如く装い、計画的に商品を騙取するものであるから、その詐取した物件の価額を損害額と認めるのが相当であるが、本件においては、控訴人市の吏員福吉が一時資金の融通を得るため不正な方法で本件鋼材を購入したのであつて、当初は代金を支払う意思を有し、またその見込も十分にあつたのである。しかるにその後右鋼材は市長市川の予見し又は予見することのできなかつた方法で処分されて本件損害を生じたのであるから、かかる損害は市長市川の予見し又はすることのできなかつた損害というべく、控訴人市においてもかかる損害についてはその賠償の義務なきものである。

六、仮に控訴人市に損害賠償の義務があるとしても、被控訴人前主には本件損害の発生につき次のような重大な過失があるから、その損害賠償の額を算定するにつきその過失が斟酌せらるべきである。

(一)  本件の如き鋼材の取引が行われたのは、当時控訴人市の衛生課に所属し、控訴人市のために物品を購入する何等の権限を有しない前記福吉勇が自己のため一時資金の融通を得る目的を以て当時の控訴人市の市川に無断で中津市長名義の物品注文書を偽造して被控訴人前主に交付したことに起因するのであるが、被控訴人前主は、前述のとおり、その真偽について訴外工藤清、同大木泉治を通じて調査し、控訴人市において本件鋼材を注文した事実なく、また購入する財源もないことを知悉していた筈であり、仮にそうでないとしても被控訴人前主が通常の調査をすれば右注文は控訴人市の制規のものでないことが判明した筈である。その頃被控訴人前主と同様不正な注文を受けた多数の業者は控訴人市にその真偽を照会した結果被害を免れている事実がある。被控訴人前主は故意に危険をおかし、本件取引を実行したものであり、仮にそうでないとしても右調査を怠つたため、本件損害を蒙つたたものであるから、本件損害の発生につき重大な過失がある。

(二)  被控訴人前主が中津市に本件鋼材を発送するに先だちその調査に派遺した前記梶山は、前述のとおり、訴外大木泉治及び庶務課長上野勝正より本件鋼材の注文は控訴人市とは何等の関係もなく、かつ市議会の承認並びに予算の計上もないことを告知されたのであるから、直ちに右鋼材の発送を中止すべきであるにかかわらず、不注意にもかかる措置を執らず、更に進んで控訴人市のため物品購入に関し何等の権限を有しない福吉勇と交渉し、また同人の紹介で市長市川に面談した際にも右大木及び上野より告知された点につき何等訊すことなく、市長市川より注文の鋼材は市の干拓事業に使用するものである旨の説明を聞いただけでこれを軽信し、売買契約書も作成せず鋼材を発送したことは重大な過失がある。

(三)  更に被控訴人前主は本件注文の品を引渡すに際しては正当な権限を有する者に対し正当な方法で引渡をなすべきにかかわらず、本件鋼材を購入及び受領の権限のない福吉勇に引渡したのであるが、もし被控訴人前主が正当な権限を有する控訴人市の吏員にその引渡をしたならば、被控訴人前主は本件の如き損害を蒙らなかつた筈であるから、本件損害の発生は被控訴人前主の重大な過失に基因するものである。

と述べ、

証拠(省略)

理由

一、被控訴人は第一次請求を排斥した原判決に対して控訴していないので、被控訴人の予備的請求についてのみ判断する。そして先ず市川文雄の不法行為を原因とする予備的請求について検討する。

二、控訴人は、被控訴人の第一次請求たる売買代金の請求と右予備的請求との間には請求の基礎に変更があるばかりでなく、右訴の追加的変更を許すときは著しく訴訟手続を遅滞せしめるから許さるべきではないと主張するが、この点についての当裁判所の判断は、次に附加するほか、原審裁判所の判断(原判決一四枚目表一三行目から一五枚目裏八行目まで)と同一であるから、ここにこれを引用する。(なお、最高裁判所第三小法廷昭和三二年七月一六日判決、判例集第一一巻第七号一、二五四頁参照)

(一)  控訴人は、右予備的請求は、その主張事実からみても、不法行為地であり、かつ控訴人の普通裁判籍の存する大分地方裁判所の管轄に属するから、かかる場合も請求の基礎に変更があるものと解すべきであると主張するが、請求の基礎に変更があるか否かと裁判(土地)管轄の問題とは全然別個の問題である。即ち予備的に追加せられる請求が、他の裁判所の専属管轄に属するときは、請求の基礎に変更がなくとも、その請求を追加する訴の変更は許されないし、他面、請求の基礎に変更がなく、訴の追加的変更が認められる場合には、訴の客観的併合を生ずることとなるから、民事訴訟法第二一条により第一次請求につき管轄権を有する裁判所は、本来管轄権のない追加せられた予備的請求についてもその管轄権を有することとなる。しかして不法行為に関する訴の不法行為地の裁判籍が専属管轄でないことはいうまでもなく、右の不法行為を原因とする損害賠償請求は、金銭の給付を目的とするものであるから、一面財産権上の訴であり、その義務履行地である債権者の住所地を管轄する原審裁判所が管轄権を有することは同法第五条により明らかである。そうすると、原審裁判所が右予備的請求について管轄権を有しないことを理由として、被控訴人の右予備的請求が請求の基礎に変更がある場合に該るとする控訴人の右主張はいずれの点からしても失当である。

(二)  更に控訴人は右請求の追加的変更は、控訴人に通常の訴訟準備期間を許すときは、訴訟手続を著しく遅滞せしめるものであると主張しているが、本件記録によると、原審裁判所は、昭和三六年一月一六日の第一〇回口頭弁論期日に陳述せられた被控訴人の同月五日付準備書面により追加せられた右予備的請求につき、控訴人に訴訟準備をなさしめるため弁論を続行し、同年三月六日の第一一回口頭弁論期日において、控訴人の同日付準備書面の陳述により、被控訴人の右予備的請求に対する控訴人の弁論を尽さしめ、同弁論期日においては乙第一二号証の一、二が提出され、同号証及びさきに提出された乙第一一号証の一、二の書証の成立につき認否がなされたのみで、他に当事者双方から新たな証拠の申出はなく、裁判所も更に証拠調をなすことなく判決をなすに熟するものとして弁論を終結し、同年四月一九日午後一時判決の言渡をなしたことが認められるから、原審裁判所が右予備的請求に対し控訴人に通常の訴訟準備期間を許与しなかつたとは認められず、また右請求の追加的変更を許すことにより訴訟手続を著しく遅滞せしめるものでないことは、さきに引用した原判決の判示するとおりである。従つて控訴人の右主張も採用しえない。

三、よつて以下順次右請求の当否について考察する。

(一)  原審証人(省略)の証言並びに弁論の全趣旨によると、被控訴人は昭和三四年三月末日訴外三室鋼業株式会社を吸収合併したことが認められ、右認定に反する証拠はなく、市川文雄が本件鋼材の取引当時控訴人市の市長として在職していたことは当事者間に争いがない。

(二)  (証拠―省略)を綜合すると次の事実が認められる。

(1)  昭和三三年一一月中頃被控訴人前主に、控訴人市の市長の知人と自称する訴外平野英雄が控訴人市の用箋に注文数量を書いたものを持参し、控訴人市で鋼材の購入を望んでいるので見積をしてほしい旨申し入れてきたが、被控訴人前主は右平野とは面識がなかつたので、平野を介せず、控訴人市と直接取引することとし控訴人市宛に見積書を送付したところ、その後間もなく被控訴人前主に宛てた、中津市長市川文雄及び同市総務課用度係福吉勇名義の、原判決添付第一目録記載の如き鋼材を、納入場所を控訴人市の用度課(宇の島港倉庫)とし、単価、代金を同目録記載のとおりとして注文するから、即納せられたき旨の同年一二月一日付の「註文書」(甲第一号証)が中津市役所の封筒に入れて速達郵便にて被控訴人前主に送付せられて来たこと、

(2)  右「註文書」は、市長市川が全然知らない間に、当時の控訴人市の保健衛生課衛生係長福吉勇が、中津市の印章を偽造すると共に市長市川の個人名の印章を偽造又は冒用して、偽造したものであり、控訴人市はかかる注文をした事実がないこと、

(3)  被控訴人前主は右注文書を受領してその真偽について訴外工藤清に調査を依頼する一方、右注文書を受領した二、三日後に、社員西田憲正をして中津市役所に対し電話で注文品中の丸棒の長さ及び引渡の方法について照会せしめたところ、当時の購買係(昭和三三年七月に行われた機構改革により従来の総務課用度係は財政課購買係と名称を変更していた)より右福吉勇に取次がれ、福吉から丸棒の長さは一般定尺で亜鉛引鉄板は日本鋼業株式会社のメーカーヤード渡しとする旨の指示を受けたこと、

(4)  被控訴人前主は、右工藤に依頼した調査の回答が遅れていたが、右注文は真実になされたものと信じていたので、同年一二月七日頃社員梶山方義を調査のため中津市へ派遣し、同人は中津市役所に赴いて庶務課長上野勝正と面会したが、上野は前掲注文書は自分の所を通つていないから知らないと答えたので、(上野がその際右注文は控訴人市とは関係なく、市議会の議決も予算措置もないことを告知した事実は認めえない、)更に前記広津に面接したところ、前記福吉に会えば事情がよく判るというので、福吉に引合わされ、(広津がその際甲第一号証の「註文書」は控訴人市が発行したに相違ない旨述べた事実は認めえない。)更に福吉の紹介で市長市川と面談した、ところが市長市川は控訴人市の市長として本件の如き多額の鋼材の買入を決定実施する権限を与えられていなかつたにもかかわらず、部下として親交のあつた福吉が右注文をしたものと察知し、同人を庇護するため、梶山に対し、市長室に掲げてあつた干拓事業の図面を示し、右鋼材は控訴人市の干拓事業に使用する資材として購入するもので、その代金は政府の補助金により支払うから宜しく頼む旨、恰も控訴人市の市長として本件鋼材を買入れることを確認するかの如き趣旨の応答をなしたこと、

(5)  しかし、真実は右干拓事業は大分県が国の委任により代行している事務であつて、控訴人市とは関係なく、控訴人市に対し補助金の交付されるような事実はなく、固より控訴人市において本件鋼材の購入につき市議会の議決及び予算措置がなされていたものでもなく、また将来なされるよなものでもないこと、

(6)  前記梶山は市川の右説明を被控訴人前主に報告し、その結果被控訴人前主は控訴人市が買主であることに間違なく、確実に代金の支払を受け得るものと誤信して、昭和三三年一二月一二日頃本件鋼材のうち丸棒及び山形鋼を訴外進和運軽株式会社に委託して大分県宇の島港宛に発送し、同月一四日日本通運株式会社宇の島営業所を介し、前記福吉勇の指示により中津市内の扇城女学校附近の林製材所横の工場で同人に交付し、更に亜鉛引鉄板五、〇〇〇枚についてはその頃、木下商店に注文の上、同商店発行にかかる宇の島所在の日本鋼業株式会社宛の貨物受領書を控訴人市の用度課宛配達証明郵便で発送し、同月一四日中津市役所に右受領証が配達せられたところ、同月一八日前記福吉の共犯者と推認し得る平野英雄なる者が右貨物受領証を持参したので、日本鋼業株式会社から右亜鉛引鉄板全部が右平野に交付せられ、その後右物件は何処かへ運び去られ、被控訴人前主は交付当時の取引価額と認められる右代金四、五五五、〇〇〇円相当の損害を蒙つたこと、

(7)  訴外工藤清は被控訴人前主から前記のとおり本件鋼材の注文の真偽につき調査を受け、更にその調査を訴外大木泉治に依頼し、大木は控訴人市の助役古川某及び庶務課長上野勝正に確めたところ、同人等は控訴人市は本件鋼材の注文した事実がない旨答えたが、ついで市長市川に確めたところ、明確な返事がなかつたので、工藤は右注文は控訴人市は関係がないが、市長は印を押しているから知つている筈である旨報告し、工藤から被控訴人前主に対しては市長は右注文書の注文は知つているが印に疑問がある旨報告されたが、右報告は被控訴人前主が既に本件鋼材を発送した後にもたらされたこと、又右梶山は同年一二月七日頃及び同月一二日頃中津市所在の大木泉治宅を訪問したが、特に同人から右注文が控訴人市と関係なく、かつ市議会の承認及び予算措置がなされていないことを告知された事実はなく、被控訴人前主は本件鋼材の発送、交付以前には右注文が控訴人市の制規の注文でない事実を知らなかつたこと、

以上の諸事実を認めることができ、(中略)他に右認定を覆えすに足る的確な証拠はない。そして右認定の諸事実によると、右損害は控訴人市の吏員福吉勇の詐欺行為に因るものであると共に、前記注文の真否につき調査に赴いた梶山に対し前示のような虚偽の事実を申し向けて被控訴人前主をして真実控訴人市が本件鋼材を購入するに間違なき旨確信せしめて、福吉の詐欺行為の実行を容易ならしめ、福吉の詐欺行為に共同加功した市川の欺罔行為により発生したものであるから、市川は右不法行為により被控訴人前主に右損害を蒙らしめたものというべきである。なお控訴人は亜鉛引鉄板の貨物受領証がいかなる経路によつて平野英雄なるものの手中に帰したか不明であるから、右亜鉛引鉄板についての損害は市川の右行為に因るものといいえないと主張しているけれども、右認定のとおり平野英雄なるものが福吉勇の共犯者と推認し得られるのであるから、右損害もまた市川の右行為に因るものというべきである。

(三) そこで市川の右不法行為がその職務の執行につきなされたものと認め得るか否かについて考えてみる。民法第四四条の「職務の執行につき」とは、代表機関がその担当する職務及びこれと密接なる牽連関係に立ち社会観念上法人の目的を達成する行為を為す場合をいうのであつて、しかも代表機関が適正に右職務行為を行うばかりでなく、代表機関の執務上遵守すべき法令に違背し或はその権限を濫用して自己又は第三者の利益のため右職務行為を行う場合においても、外形上右職務行為と認められる以上、なお職務の執行につきなされたものと解すべきである。しかして右法条は公法人たる地方公共団体についても類推適用せらるべきであつて(大審院昭和一五年二月二七日判決、判例集第一九巻六号四四一頁参照)、この場合地方公共団体たる市においては市長の代表権限は地方自治法第九六条第九号第二三九条の二、同条の四及び当該市の条例により原始的に制限され、市長は市議会の議決を要する事項及び新たに予算措置を必要とする事項については当該地方公共団体の債務負担の原因となる契約の締結その他の行為をなす権限を有しないけれども、その債務負担行為自体が外形上市長の職務行為と認められるときは、市議会の議決又は予算措置がなされていなくてもなお市長の職務行為と認めるべきである。けだし市議会の議決の欠如又は予算措置の不備は代表機関の為す債務負担行為の外形に何等の影響を及ぼすものではないからである。(最高裁判所第三小法廷昭和三七年二月六日判決、判例集一六巻二号一九五頁参照)。本件についてこれをみるに、市川がなした前認定の欺罔行為は、控訴人市の市長名義の本件鋼材の注文につき、その真偽の調査に来た被控訴人前主社員梶山に対し、控訴人市の市長として、控訴人市が右注文をした事実を確認したものであつて、かかる応接をなすこと自体は、外形上市長市川の職務行為と認められるから、右売買契約締結について市議会の議決並びに予算措置がなされていなくても、右確認行為は民法第四四条第一項の職務行為に該ると認めるべきである。控訴人は本件における市川の欺罔行為は、国が大分県に委任して執行せしめる干拓事業に関するものであつて、その執行については控訴人市は全然関与するところではないから、控訴人市の市長としての職務に何等関係なき行為である、と抗争するけれども、市川は、前認定のとおり、控訴人主張の干拓工事に関する職務の執行につき欺罔行為を行つたものではなく、控訴人市の市長名義で被控訴人前主に対しなされた本件鋼材の真偽につき調査に来た前記梶山との応接において控訴人市の市長として前認定のような虚偽の事実を述べて、控訴人市が本件鋼材の注文をした事実を確認したものであるから、その述べた虚偽の事実が控訴人市に関係のない干拓事業に関するものであつたとしても、右応接における市長市川の行為までもその職務行為ではないとすることはできない。従つて控訴人の右主張は採用しえない。

次に控訴人は代表機関の内部的制限に関する民法第五四条及び表見代理に関する同法第一一〇条との権衡上地方公共団体の代表機関の行為については同法第四四条第一項を制限的に適用すべきであると主張するが、右主張は、民法第四四条を無制限に適用するときは、公共団体たる市の財政の安固を計るために設けられた市長の代表権限についての前示法令による制限についての不知を保護すると同様の結果を紹来することを指摘する点において傾聴すべきものがあるけれども、近時公共団体たる市が私法上の取引において重要なる地位を占めるに至つていること及び憲法第一七条及び国家賠償法の立法精神を考え合せるときは、民法第四四条の適用を認める以上、その職務行為の解釈につき特別の制限を付することは正当ではなく、右法令の不知は過失相殺の法理の適用により調整するのが相当であると考えるから、控訴人の右主張も採用しない。

(四)  なお、控訴人は前記損害は市長市川の予見し又は予見することのできなかつた特別事情に因る損害であるから、控訴人市にその損害の賠償責任はない、と抗争するけれども、被控訴人前主は、前認定のとおり、福吉勇の詐欺行為に共同加功した市川の欺罔行為に因つて、控訴人市が真実本件鋼材を購入するものと信じ、本件鋼材を福吉或はその共犯者と推認しうる平野英雄なる者に交付して、その所有権を失い、その所有権の喪失により本件鋼材の当時の時価相当の損害を蒙つたのであるから、その損害は福吉の騙取行為に共同加功した市川の不法行為に因り通常生すべき損害であることはいうまでもなく、仮に、控訴人主張のように、福吉が一時資金の融通を得る目的を以て欺罔手段を用いて本件鋼材の所有権を取得し、後にその代金の支払をなす意思を有していたとしても、それは福吉が既に発生した被控訴人前主の損害の顛補をなす意思を有していたというに過ぎないのであつて、福吉の右騙取行為に共同加功した市川が福吉が右代金の支払をなすことによつて被控訴人前主の蒙つた損害の顛補をなすことを信じていたところ、市川の不測の事実により福吉が右代金の支払をしなかつたというような事情があつたとしても、前記損害をもつて市川の予見し又は予見し得なかつた特別事情による損害であるといいえないことは当然である。従つて控訴人の右主張は採用しえない。

四、そうすると、控訴人市は、爾余の被控訴人の、市長市川及び控訴人の吏員福吉勇外五名の不法行為を原因とする請求につき判断するまでもなく、市長市川がその職務の執行につき被控訴人前主に加えた、前記損害につき賠償すべき義務あるものというべきである。

五、そこで控訴人の過失相殺の主張について検討する。

(一)  控訴人主張の七、の(一)(二)の過失について、

被控訴人前主が本件鋼材の発送前、前記工藤清、大木泉治、或は控訴人市の庶務課長上野勝正から本件鋼材の注文は控訴市に関係なく、右鋼材の購入につき市議会の議決並びに予算措置のなされていないことを告知された事実及び被控訴人前主が本件鋼材の注文が控訴人市の制規の注文でないことを知りながら、売買契約を締結して本件鋼材を発送した事実の認められないことはさきに判示したとおりである。しかしながら市長は市議会の議決を要する事項及び新たな予算措置を必要とする事項については当然に市を代表する権限を有するものでないことは、前記の如く地方自治法及び控訴人市の条例により明らかであるから、市と本件の如き多額の物品の売買契約を締結せんとする者は市を代表する市長の代表権限の有無、従つて右契約締結についての市議会の議決及び予算措置の有無につき調査すべき注意義務があるものといわねばならない。ところが本件における全証拠によつても、被控訴人前主において右議決及び予算措置の有無につき首肯しうるような調査をした事実は認められず、(尤も右注文の真偽について訴外工藤清に調査依頼したけれども、その返事を待たずして、本件鋼材を発送したことは前認定のとおりである。)さきに認定したとおり、本件鋼材の購入を決定実施する権限を有しない市長市川の虚偽の説明だけで、真ちに控訴人市が真実本件鋼材の注文をなしたものと軽信し、本件鋼材中の丸棒及び山形鋼並びに亜鉛引鉄板の貨物受領証を控訴人市の用度課宛に発送したことは、被控訴人前主において本件鋼材売買契約締結にあたり市議会の議決及び予算措置の有無につき払うべき注意義務を怠つたものというべく、惹いて本件損害の発生につき過失あるものといわねばならない。

(二)  控訴人主張の七、の(三)の過失について、

本件鋼材中丸棒及び山形鋼については被控訴人前主は進和運輸株式会社に委託して大分県宇の島港宛に発送し、同一月一四日現地において日本通運株式会社宇の島営業所を介し福吉勇に交付して引渡したことは前判示のとおりであり前認定の右鋼材の取引においては、その目的物の種類、数量及びその引渡方法より考えて、右引渡につき前記の如き運送業者に委託してこれをなしうることは当然予定せられていたものと認めうるところ、かかる運送業者の使用を許さるる場合においては、特別の事情なき限り、引渡義務を負担する者はその運送業者の選任監督について過失ある場合においてのみ右運送業者の過失につき責を負うものと解するのが相当であるから、仮に前記運送会社についてその受領の権限を有せざる者に引渡した過失があつたとしても、前記特別の事情並びに被控訴人前主の前記運送業者の選任監督についての過失を認めるべき何等の証拠のない本件においては右引渡につき被控訴人前主にその過失を認めることはできない。尤も、(証人―省略)の各証言を綜合すると、被控訴人前主は右丸棒及び山形鋼の宇の島港到着の時期を見計つて前記梶山を引渡の事実の確認のため中津市に派遺し、梶山は右鋼材が福吉勇の指示により前判示の如き方法で同人に引渡された事実を確認し、甲第六号証の一乃至四の受領証を福吉勇より受取つた事実が認められるけれども、右事実をもつて被控訴人前主においてその引渡につき過失の責を負うべきものとすることはできない。

また、本件鋼材中亜鉛引鉄板については、被控訴人前主において木下商店に注文の上同商店発行にかかる宇の島所在の日本鋼業株式会社宛貨物受領証を控訴人市の用度課宛に配達証明郵便で発送し、昭和三三年一二月一四日中津市役所に右受領証が配達せられたことは前認定のとおりであるから、右鉄板の引渡について被控訴人前主に過失があつたとは認めることができない。尤も右貨物受領証は、貨物引換証と異なり、その引渡により直ちに右鉄板の引渡がなされたと同様の法律上の効力を生ずるものでないことはいうまでもなく、かつ本件においては右貨物受領証がいかにして前認定の訴外平野英雄なる者の入手するところとなつたかは不明であるが、右貨物受領証が控訴人市に配達せられたことが明らかなのであるから、特別の事情の認められない本件において被控訴人前主に右亜鉛引鉄板の引渡につき過失があつたと認めることはできない。

従つて本件鋼材の引渡につき被控訴人前主に過失があると主張する控訴人の主張は採用できない。

(三)  よつて被控訴人前主の本項(一)の過失を斟酌して控訴人市の支払うべき損害額は前認定の損害の半額二、二七七、五〇〇円が相当であると考える。

六、以上の理由により、被控訴人前主の権利義務を承継した被控訴人に対し金二、二七七、五〇〇円及びこれに対する本件損害発生の後である昭和三四年二月一日以降支払済に至るまで民法所定年五分の割合による遅延損害金を支払う義務があるから、被控訴人の請求は右限度において正当であるが、その余は失当として棄却すべく、これと異る原判決を変更し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第九六条第九二条を、仮執行の宣言につき同法第一九六条を適用して主文のとおり判決する。

大阪高等裁判所第七民事部

裁判長裁判官 小野田 常太郎

裁判官 柴 山 利 彦

裁判官 下 出 義 明

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